2012年9月2日日曜日

夏の噺で夏の余韻に浸ってみる


落語は近世に成立して以来現代まで受け継がれている日本の伝統的な話芸の一種であり、
大衆の娯楽として親しまれています。演者の身振りと語りのみで物語を進めていくというシンプルなスタイルで、ほとんどが江戸時代の一都会の町内という限定された舞台ながらも、時事・作法・故事等を織り交ぜ、非常に情報量の多い内容となっています。

夏が終わったんじゃない、夏休みが終わったんだ。

夏の噺を聞きながら暑い夏の思い出に浸ってみるのはいかかでしょうか。
今回は夏にちなんだ落語を紹介します。


道灌 
 

ある夏の日、職人の八っつぁんは暇つぶしにご隠居を訪ねます。ご隠居の趣味である書画をきっかけに戦国時代の戦の話や平安時代の逸話などを教えてもらいます。その中で太田道灌という武将の雨具の逸話───


狩りの途中で村雨に遭い雨具を借りようと一軒のあばら家に立ち寄ったところ、十五歳くらいの少女が、お盆の上に山吹の枝を乗せ「お恥ずかしゅうございます」と差し出しました。
道灌がこの謎かけが解けないでいると、家来の豊島刑部(父親が歌人だった)が 
「おそれながら申し上げます。兼明親王の古歌に“七重八重 花は咲けども 山吹の 実のひとつだに なきぞ悲しき”というのがございますが、これは“実の”と“蓑”をかけて『お貸し申す蓑一つございません』との申し分けたのでございましょう」と言いました。
これを聞いた道灌は「ああ、余はまだ歌道に暗い」と言い、家来がいなければ恥をかいていた事に気付き歌の道に励み、のち入道として道灌になり日本一の歌人になりました。

───これを真似て、自分のところによく雨具を借りにくる相手を追い返してやろうとします。


    この噺の注目すべきポイントは失礼でおばかな若者の八っつぁんに対してご隠居がどこまでも大人の対応をしているところです。ご隠居は娘さんをお嫁に送った後所帯を譲り隠居生活を送り、前述のとおり書画を道楽とし歴史や歌道に明るいという教養の持つハイスペックな御仁。そんなご隠居に開口一番「用がないから来た」「ご隠居の顔を見ると通じが良くなる」などと言う八っつぁんの悪気のない無礼がほほえましく、それを軽くあしらってお茶と羊羹でもてなし、歌人の逸話などを丁寧に教えてくれるご隠居の包容力が素晴らしいです。別れ際に八っつぁんから兼明親王の古歌をかな文字で書いてくれと頼まれると、しっかり書いて持たせてあげるというサービズまでしてくれます。
    用もなく訪ねてくる様な若者は気兼ねなく付き合える貴重な話し相手であり、八っつぁんの抜けているところもご隠居は楽しんでいるのかもしれませんね。



狸賽 
 

ある日人家のあるところへ一匹の子狸が迷い込みました。近所の子供たちが狸を棒で突いたり足で蹴飛ばしているところを通りかかった男が、かわいそうにと、子供たちに小遣いをやって狸を逃がしてやりました。

 

するとその夜、狸がやって来て、恩返しにと朝食の準備から博打の手伝いまでしてくれます。しかしこの狸はおっちょこちょいで、しばしば男を困らせてしまいます。


    この噺は始終、狸が可愛らしいの一言に尽きます。戸の前で「狸に知り合いなんぞねえ」と断った男に対し「これから親類になります」と隙をついて勝手に家の中へ入るので、恩返しにやって来たというより、恩返しに押し掛けて来たという方が合ってます。そして勝手に「親方」と呼んで男の世話をしようとする徹底的な押し掛けぷり。「畳の上は冷えていけない」と言ったりするとても動物らしい一面を持ちながらも変身が得意というファンタスティックなキャラクターでもあります。その技で特にお金に関する事で男に貢献しますが、最期は子狸ならではの失敗をします。ドジッ子萌え。♂だけど。



金明竹

底抜けにおつむの足りない与太郎は叔父さんの営む骨董屋のお手伝いをしています。しかしやる事なす事がズレているため問題ばかり起きてしまい、しまいには与太郎が生んだいらぬ誤解の為に叔父さんが出入りのお店まで出掛ける羽目になります。

 

そして叔父さんの留守中に上方者(関西の人)らしい使いの男がやって来て、長い用件を一気に言うのですが、早口の関西弁を理解出来ずもう一度長い口上を使いの男に言わせます。すると与太郎は「面白い物乞いが来た」とおかみさんを呼んできます。おかみさんは上方からの使いの人だと分かり、もう1度口上を言ってくれるようお願いします。しかしおかみさんと2人掛かりでも上手く聞き取れず……というか与太郎が大笑いしていたため集中できず、嫌がる使いの男にもう1度お願いすると男はかなり早口で言って逃げるように去ってしまいます。その後叔父さんが帰って来ますが、曖昧な記憶のためわけのわからない伝言内容になってしまいました。


    この噺はいわゆる与太郎ものなのですが、与太郎最大のしくじりは後半に出てくる上方の男への無礼だと個人的に思います。当時大阪は日本一の商業都市かつ最先端の文化都市で、関西からすると江戸は文化の遅れた田舎だったのです。 都会の人がわざわざ来てくれて都会の言葉で話しているのに、聞き取れないどころか大笑いして馬鹿にしてしまう事は自分の無知を晒していることになります。
    そして何故”個人的に思う”かと言うと、 噺家さんによって使いの男の言葉のパターンがいくつかあるからです。大阪弁の口上をそっくり翻案した名古屋弁版、英語訛版、津軽弁や博多弁で演じる方もいらっしゃるそうです。こうなると「都会の人を笑う田舎者」としての意味がなくなるので、商売人=上方のイメージが王道だっただけかもしれません。
    ちなみに使いの男の口上は文庫本のページで10行分の長さ、重要文化財や人名等が織り交ぜられていてとてもややこしいシロモノです。最初は丁寧に、徐々に早口になっていく様子から使いの男の嫌がる気持ちが伝わって来ます。そして主人公が与太郎ではなく松公という名前だったり、演目が錦明竹という場合もあります。



売り声 
 

昔は町内をたくさんの行商が往来し、様々な売り声が響き渡っていました。

 

例えば、豆腐屋は「トーフー」でも良さそうだけれど家の中にいると豆腐に聞こえないから「エーウーイ」と叫んだりするとか。中には「アヤーウーイ」なんて危ういのがあるとか。同じ魚でも金魚売りは涼やかで眠気を誘う様な売り声、魚屋は逆に死んでる魚を生きているかのように威勢の良い大声で売り歩きます。


    この噺は江戸時代の生活感と季節感が楽しめます。売り物の名前に一つ音を足したりリズムを変えたりする理由と、噺家さんの様々な売り声の演じ分けが面白いです。そして基本的に季節の物を売っているので、噺の中に出てくる売り物の名前で夏の気分に浸れます。



あくび指南


いろいろな稽古事がある中に、変わった稽古事がしたいという人がいます。喧嘩指南に家の中での釣り指南なんてものもあったりなかったり。

 

安さんは友人のつきそいであくび指南所へ連れて行かれます。そこの師匠いわくあくびにも春夏秋冬のものがあり風流さのないあくびは駄あくびでよくないというので、さっそく風流な夏のあくびを指南してもらいます。


    この噺は非日常と日常がうまくバランスを取っています。生理現象なんて手ほどきを受けてモノにする事ではないのはこの友人も分かっているはずなのに、熱心に手ほどきを受けます。常に娯楽を求めて退屈している人間の業をおちょくった噺だと思います。


興味はあるけど落語を聞きに行く時間がない、江戸時代当時の言い回し等が分からないという方もいらっしゃると思います。
そんな時は、まず落語を文章にまとめた書籍から手を出してみる事をオススメします。
ほとんど台詞のみで構成された短編集という感じで、大抵のものは巻末や噺の終わりに解説があります。また、児童向けの書籍の場合は特殊な言い回しなどの解説が本文の下部(ページ数などが書いてあるスペース)に入っていたりするのですぐに意味が分かってだいぶ読みやすいと思います。
書籍で予習をしてから実際に聞きに行って、「ああこの噺家さんはこんなアレンジをするんだなあ」とライブ感を楽しむというのもオツですよ。



参考文献:落語百選 夏 /麻生芳伸 ちくま文庫
     古典落語(五) お店ばなし/落語協会 角川文庫




おまけ 「斬る」笑いとは

    数年前お笑い番組がヒットし次々と若手芸人がメディアに取り上げられていた頃、六代目三遊亭円楽師匠(元三遊亭楽太郎)とある若手芸人のコラムが新聞で掲載されました。
    その芸人の芸風(有名人・一般人の行動やイメージを辛口で切ったりダメ出しする)に対しての一言がとても印象的でした。
    「辻斬りになるなよ」
    落語は笑いを主として栄えた大衆の娯楽ですが、現代でのワイドショーや教養番組に値する役割も持っていました。 ボケ役の八っつぁんや与太郎を通して、ご隠居たちから史実や礼儀作法を学ばせてくれます。そして同時に与太郎達は悪い例を実践するので「これは絶対やっちゃいけないんだな」「これを知っとかないと恥ずかしいんだ」と反面教師の役割も果たしてくれます。
    こち亀の部長と両さんの関係がこれに当てはまります。
    パソコンやゲーム等の話の場合は、機械に疎い部長が与太郎で両さんがご隠居です。政治や経済の話だと両さんが与太郎で周りの人たちがご隠居になります
    与太郎の無知や粗相を笑いながらも、観客は丁寧な教育を同時に受けていました。古くから「お笑い」は決して誰かを無闇やたらと貶したり傷つけたりして成立させるものではなく、より多くの人に喜んでもらうためのものなのです。誰彼構わずではなく、切るべき相手を見極め、さらに切るべきところを見極めるのが芸人としての「斬り」という事なのだと私は解釈しています。

     
    そういえば英才の誉れ高い息子さんは物理的な意味でめっちゃ斬ってましたね。

8 件のコメント:

  1. すごく面白かった
    絵にも味があっていいね

    はああああん噺家蟹子ちゃんかわいいよおおお

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  2. ためになる記事を書ける、美少女もイケメンも描ける、すごい記者だ
    余所でも活動してるなら見に行きたいなあ

    ああしかし蟹子♂かっこいい…

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  3. たぬきがえらく萌える
    あと今の芸人と言うか番組Pに落語で教育してやりたいね

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  4. 辻斬りかぁうまいこというもんだなぁ

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  5. 丁寧な素晴らしい記事だ。
    蟹子の絵もマジでいい。正直保存した

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  6. 絵がいい味を出してると思う
    そして安定の奥秩父蟹子キタ━━━(゚∀゚)━━━!!!!!!

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  7. たぬきかわいい…

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